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絶望から希望への物語を考えてみた⑧ 死の悲しみ


ドビュッシー 交響詩 海「風と海の対話」




①からぼんやりと考えてきた

「絶望から希望への物語」は

拙いながら、恥ずかしくも続いていて、

⑦を迎えた頃に詩 を書いている稲穂多記さんと出会えました。





ここ⑧からその絶望から希望への探求と検証に

多記さんの詩をいただきながら共同で

物語の戸(扉)をたたいていけたらと思っています。




誰かがどこかで、

子供の誕生は(人の誕生は)

まちがいなくその人間に死をもたらすことだと

語っていて、ドキッとしました。



ある日突然、または、死ぬ覚悟ができるくらい用意周到に

人は死を迎えます。





その死の悲しみについて多記さんは

詩を書いてくださいました。






「悲しみ、」



   稲穂多記





それらはいつも別れ際にやってくる

城壁のような厚みと暖炉の前の熱

立ち入ってはいけないような

一方の眼差しで向き合う行為



眺めるというさらなる隔てによって

この行為は兆している

持ちうるだけの智慧と武器とを背に詰め込んでいたが

それらは新たな経験にしかならない



もっとも近しい答えは唐突に

振動によって現れた水脈に成魚が跳ねたことで

君の眼は輝き

指先で触れることができた



それはいつも別れ際にやってくる、

新たな経験として託されるもの









死を経験する者より、

遺されたそれに向き合う人のつらさ。

激しくて悲しい死の苦しみは、死んでしまえば解放されるけれど、

それに向き合わなければならない人は、

新たな経験として

その「死の悲しみ」の種類により不平等の悲しみを受け取ることと、

その悲しみに比例した使命を託される事が始まるのかもしれませんね。






死は、眠り。



そして、平等に復活がある。



希望への物語は、



そうであってほしいと思います。



のたれ死ぬ人がいるのなら、なおさら。







死に不公平がつきまとい、であれば生にも不平等がある。


「死んだのちには皆、眠って」





ただ、塵に帰り、



何らかの合図で、



時を同じくしてではなくとも生き返る@




会いたかった人に会える!




私が、納得できる死と生の平等と希望は、ここにしかありません。



子供を津波でなくした人の本当の願いは、



「その子をそのままの姿で、返してほしい」ということであって、



「どこかで、霊となって見ていてほしいということではないから」です。







ならば。。。







「老人の死」はどうなんでしょうか。



自然な死。



天寿の全う。







じゃあ、老化は.....?








それぞれの環境や老化の個人差があって、ひとくくりには言えません;






テレビで見た化粧品のコマーシャルで、ある60代の女優さんが、





ものすごく若くて驚きました。





でも、普通は、





老化が進むと本人も、周りも、難儀で。。。





数日前、老人の自死という以前なら考えられなかったことが、





私の住んでいるあたりにも起きているということを





聞きました。







この次の⑨では“老化を詩に著す”と、





どう書いてくださるのか





知ってみたいと思いました。







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コスモ石油には、震災後の森をきれいにするというボタンがあります。
もちろんそれ以外も。。。






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